
「Fuzz Face(ファズ・フェイス)」——この丸く愛らしい見た目のエフェクターは、ファズ・サウンドの歴史を語る上で欠かせない伝説的なペダルです。1966年に誕生して以来、ジミ・ヘンドリックスをはじめとする数々のギタリストに愛され、その独特の歪みはロックやサイケデリック・ミュージックの象徴となりました。
「たった2つのトランジスタで、なぜこれほどのサウンドが生まれるのか?」Fuzz Faceはシンプルな回路でありながら、ギターのボリュームを絞るだけでファズから滑らかなオーバードライブへと音色が変化する、驚異的な反応性を持っています。
温度に敏感で個体差が大きいゲルマニウム・モデル、安定性を追求したシリコン・モデル——時代とともに進化しつつ、本質を失わないFuzz Faceの秘密を解き明かします。
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Fuzz Faceはエフェクターの歴史のなかでも最初期に登場した歪みペダルで、現在まで続くファズの系譜の元祖的な存在です。Tone Bender、Big Muffとあわせて3大ファズと呼ばれ、多くのギタリストに親しまれてきました。

Fuzz Faceの登場は1966年。イギリスのArbiter(アービター)社から発売されました。創業者のアイヴァー・アービターはある時ステージのマイクスタンドを見た時に、その土台部分を筐体として使うことを思いつきます。このマイクスタンドの部品を使って作られたファズは、上から見ると顔のように見えたので、Fuzz Faceという名前が付けられることになりました。
アイヴァー・アービターは、あの誰もが知るビートルズのロゴをデザインした人として知られており、この丸いエフェクターの個性的な外観が現在でも愛されているところを見るに、デザインの才能があったのでしょう。Fuzz Faceは1966年の11月にはすでに楽器店の店頭で普通に手に入れることができたようです。
Fuzz Face製作についてはTone Bender(Mk1.5)の回路を参考にしていることが広く知られています。製作者側もそれを隠そうとせず、初期のFuzz Face説明書には”Tone Bending Unit”という文字が踊っており、Tone Benderを強く意識していたことがうかがえます。
1968年にはArbiterはDallas社と合併し、Fuzz FaceもDallas-Arbiterというブランドで発売されていました。その後、DallasがCBSに吸収されるなど、紆余曲折あり、現在はJim Dunlopから発売されています。途中、販売停止などの憂き目を見ながらも、現行品が販売され続けるのはFuzz Faceの唯一の魅力があればこそ。ファズの定番として、今もなお数多くのギタリストに愛されています。
Fuzz Faceを利用するギタリストとして真っ先に名が挙がるのはやはりジミ・ヘンドリックスです。ヘンドリックスはFuzz Faceとワウペダルを組み合わせ、史上唯一無二のトーンを生み出し、同時代のギタリストたちに大きな影響を与えました。ヘンドリックスの使ったモデルは個体差の大きいゲルマニウム・トランジスタ仕様のものがほとんどだったのもあり、音響スタッフを担ったロジャー・メイヤーとともに状態の良い個体に絞って使っていたと言われ、ツアーに伴っては、紛失や盗難に備えて20台近くを携行していたという話も残されています。
Jimi Hendrix Experience – Voodoo Child
かなり頻繁に映り込んでいる
60年代後半から70年代初頭にかけて、様々なギタリストがこぞってFuzz Faceを使いました。ピート・タウンゼント、デュアン・オールマン、エリック・クラプトンなど、実際にFuzz Faceを使用したギタリストの例は枚挙に暇がありません。ビートルズの1969年に行われたゲット・バック・セッションでは、スタジオ内にFuzz Faceが置かれているのを映像で確認できます。
デヴィッド・ギルモアはピンク・フロイドの絶頂期においてFuzz Faceを多く使っており、世界有数の売上を誇る「狂気(Dark Side of The Moon)」でも使用されています。このアルバムでは長いギターソロが度々フィーチュアされていますが、伸びやかでナチュラルなオーバードライブのなかに若干のチリチリした高域成分を含む、Fuzz Faceならではの個性的なサウンドを聴くことができます。
また90年代はじめに唯一無二のトーンで多くのギタリストに影響を与えたエリック・ジョンソンは、ヴィンテージのシリコン・トランジスタ仕様のFuzz Faceを使い、非常に滑らかで美しいサウンドを奏でています。
Eric Johnson – My Back Pages
0:39- ボードの右端に一瞬映り込んでいるのが確認できる
3:21-3:22 映り込んでいるFuzz Faceを足で踏んでいる様子が確認できる
ファズの特徴としては、破壊的な歪み、チリチリとした飽和感のある質感などがよく挙げられるところで、これがいわゆる”きれいな歪み”であるオーバードライブやディストーションとの差とされています。Fuzz Faceでもこのような特徴はもちろん内包しており、特にパラメータを全開にし、ギターボリュームもフルにした状態では相当に潰れたいわゆるファズらしい響きを得ることができます。特にFuzz Faceは低域部分にまで歪みが浸透し、コードをそのまま弾くと音が潰れやすく、いかにも前時代的、サイケデリック的な響きをもたらします。
しかも、攻撃的なファズのみならず、スムースなオーバードライブ的サウンドまでをカバーしており、前述したピンク・フロイドでのデヴィッド・ギルモアのサウンドのように、スムーズな質感も表現できます。
そして、何よりFuzz Faceでは他のファズと一線を画す重要な個性があります。それはギターのピッキングの強弱やボリュームの操作による反応に非常に敏感であること。手元でギターのボリュームを操作することで、けばけばしいファズから滑らかなオーバードライブまでを行き来できるエフェクターはそう多くありません。
この傾向はシングルコイルを備えたギターでより顕著であるため、ヘンドリックスはストラトキャスターとFuzz Faceの組み合わせだけで、ギターのボリュームを使うことによって多彩な音色を操るという、高度な表現をそのステージで行っています。

Tone BenderはFuzz Faceの1年前に発売されたファズペダルです。すでに述べた通り、Tone Bender Mk1.5の回路はFuzz Faceとほぼ同じで、直接に多大な影響を与えています。両者の唯一の違いとして、トランジスタの型番がTone BenderではOC75、Fuzz FaceではNKT275であることが挙げられます。
Tone Benderでももっとも有名かつ人気が高いものはMk.2ですが、こちらはOC75が3石使われており、その点は2石であるMk1.5と異なるところ。このMk2は、Fuzz Faceの元となったMk1.5に比べて、図太く刺すような歪みが特徴です。ボリュームへの追従性はそこまで高くなく、Fuzz Faceに備わる繊細さは見受けられませんが、歪みの幅の広さは同等のものを持ち、ハードなファズサウンドからスムーズなドライブまでをカバーできる懐の広さでは共通しています。Tone Bender Mk.2はその特性からハムバッカーを搭載したギターにより適しており、このあたりもFuzz Faceとはそもそも狙いの違いを感じます。
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Fuzz Face、Tone Benderと並び三大ファズの一角とされるBig Muff。登場は1970年代であり他の2機種に比べるとかなり後発ですが、そもそも両者とは設計志向がかなり違い、トランジスタ4石にダイオードを併用したクリッピング回路は、凄まじく分厚い音を形成します。コンプレッションが強く、中域が削り取られたような音は音の壁と形容されることもあります。
現在ファズには、破壊的な歪み、ノイジー、芯まで歪んで原型がわかりにくい、などのイメージが付いて回りますが、ある意味ではこのイメージの定着にもっとも寄与しているのがBig Muffと言って良いかもしれません。Big Muffには生産拠点の変化などによって「〇〇期」などと名付けられたバリエーションが多く存在し、同じ名前にも関わらず別のエフェクターと言えるほど違うものもあります。この点はFuzz FaceやTone Benderでは見られない要素です。
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Fuzz Faceは製造元も頻繁に変わり、無数のバリエーションがありますが、最大の違いはゲルマニウム、シリコン・トランジスタのいずれが使われているかに尽きるでしょう。開発段階で使われたゲルマニウム・トランジスタのNKT275は動作も不安定で、ジミ・ヘンドリックスが状態の良いものを選んで使っていたというエピソードは、それだけ個体差が激しかったということの証拠でもあります。
やがてゲルマニウムは生産が縮小されていき、60年代終わりごろになると、Fuzz Faceもより動作の安定したシリコン・トランジスタへと置き換わっていきました。シリコン・トランジスタはBC183Lなどが使われており、ゲルマニウムとの音色差は今でもヴィンテージ・ファズの愛好家の中では常に大きな話題となります。
| トランジスタの種類 | 主な型番 | 音色、特徴 |
|---|---|---|
| ゲルマニウム | NKT275、AC128(リイシュー) | 音がややマイルド、飽和感が少ない、ギターボリュームへの追従性が高い、外界の温度変化に影響を受ける |
| シリコン | BC183L、BC183KA | 音がやや冷たい、飽和感が大きく荒々しい、温度変化に強く安定している |
Fuzz Faceは回路が単純なため、自作の題材としても多く取り上げられています。実際に作ってみると様々な要素が絡み、思った通りの音色を得ることはかなり難しいですが、それも含めて趣味の領域で楽しんでいる自作派のギタリストが世界中に無数に存在するため、ネットでの情報も多く、取り組みやすい状況となっています。オリジナルは初期のモデルではPNPゲルマニウム・トランジスタが使われ、60年代終わりごろにはNPNシリコン・トランジスタに切り替わっているため、回路設計もこのタイミングで変わっており、このどちらを作るのかを選択できるのもマニア心をくすぐる点の一つとなっています。
そして、ここで問題となるのがトランジスタが入手できるかどうか。ゲルマニウムはシリコンに比べて入手が難しいものの、オリジナルで使用されたNKT275は希少ながらまだ手に入る可能性があります。より現実的には、デニス・コーネル氏の設計によるリイシュー品に使われたAC128、そしてZ.Vex Fuzz Factoryに使われていた2N404辺りが挙げられます。またシリコン・トランジスタではこちらもオリジナルで使用されたBC183Lが今でも入手可能。BC109C、BC108なども入手がしやすく、よく使われるパーツです。
現在ではファズの代表のように言われるFuzz Faceですが、そのサウンドの幅広さ、ストラトキャスターのボリュームを絞ったときの美しい響きなど、現在にまで愛される要素が随所にあり、これが60年代にすでに完成されていたことは驚くべきことです。今では著名なギタリストのシグネイチャーモデルや、クローン系モデルなど、選択肢の幅も多く、誰もがそのサウンドに触れることができるようになっています。デジタル・モデリングが主流の現在、アナログの極致である昔ながらのファズにもう一度目を向けてみるのも良いでしょう。
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