今では珍しくなくなったキャビネット・シミュレーター。マルチエフェクターなどに最初から入っているので、なんとなく使っているギタリストは多いと思いますが、どのようなものなのかはっきり分かっていない人も多いはず。このページではキャビネット・シミュレーターの機能や使い方を紹介するとともに、昨今増えてきているコンパクトなシミュレーターペダルも紹介していきます。出音の最後を締める大事なところを見ていきましょう。
スピーカーから鳴る音をマイクで拾った音
を再現するキャビネットシミュレーター
キャビネット・シミュレーターとは「アンプをキャビネットにつなぎ、そこにマイクを立てて集音」というエレキギターが音を出す上での最終段階をシミュレートする機材のことを指します。実際にアンプをキャビネットに繋いで、その前にマイクを立てる、という作業をすることなくそれに近い音が得られ、ラインレコーディングには必須のものです。
スピーカーのサイズや数、キャビネットの材質や背面のオープンクローズ、立てるマイクの位置や種類など、実際の集音に必要な情報を多数設定できるようになっており、それによって変化していく音をシミュレートしています。
後述しますが、IR(インパルス・レスポンス)データを読み込めたり、接続の前段階でパワーアンプを必要としない、パワーアンプ・シミュレーターを内蔵しているものも多く、製品の種類、数ともに多岐に渡ります。
キャビネット・シミュレーター使って入力信号をミキサーやDIに送ることで、ライブ現場での面倒な作業を簡略化できる上、ギタリストがマイキングの部分まで含めて音色を作り込んでおけるという、得がたいメリットがあります。お気に入りの真空管アンプにマイクを立ててレコーディングというのは、通常の家ではハードルが高すぎますが、それに近い形でラインレコーディングできます。また、無音や小音量での夜の練習も可能になり、アンプの使用範囲は格段に広くなるでしょう。
また、エフェクター並みの小さなプリアンプと小型キャビネット・シミュレーターを使えば、足下だけで音の最終段階までを完結でき、ライブでも使いやすく、運搬性も抜群なシステムを組むことができます。
Diezel VH4-2 PEDAL vs Diezel Herbert PEDAL 5:21〜5:46、6:14〜6:40
プリアンプをギターアンプにつないでマイクで集音したサウンド/プリアンプをキャビネットシミュレーター(PC内ソフトウェア)に繋いで鳴らしたサウンド、2つのサウンドを前後で比較できる動画。キャビネットシミュレーターを使った時にも、マイクで音を拾った時のようなリアルなギターサウンドが得られるのがわかる。
キャビネット・シミュレーターはラインレベルの信号を出力するため、出力部分についてはそのままミキサーやDI、オーディオインターフェースなどに接続するのが一般的です。またヘッドフォン出力が付いているものも珍しくありません。
入力はさまざまな環境が考えられますが、主に本物のアンプの音をスピーカーアウトからそのまま送り込むケースと、プリアンプなどから接続するケースに分けられます。アンプヘッドから直接使うためにはスピーカー用の信号を受ける必要があり、またプリアンプからの接続にはラインレベルの入力に対応している必要があります。前者は実際のアンプの音を使ってのサイレントレコーディングや、ライブでのセッティング簡略化などに。後者の場合はよりエフェクター的な感覚に近くなり、アンプを一切使わずミキサーに直接入力してのライブ、リハーサルが可能です。
この両者は同じカテゴリに入れられていることが多いですが、パワーアンプを含めたリアルアンプの音にこだわりたいかどうかという点で、根本の設計思想が少し違います。ただし、どちらの入力からも対応できる製品も多く存在します。
この場合はアンプ内部のプリアンプとパワーアンプを使用した上で、スピーカーアウトからキャビネットに送る、いわば最終段階でシミュレーターに出力します。ただし、チューブアンプなどの場合は、スピーカーに繋がずに電源を入れると故障しますので、この場合の運用には細心の注意が必要です。故障を避けるためにスピーカー、あるいはダミーロードやロードボックスなどに並列で接続しておかなければなりません。スピーカーに繋ぐと当然音は通常通りに出ますが、ダミーロードは音を熱に変換するので無音となり、ロードボックスでは音量を任意に調整できます。
ギター → アンプ(スピーカーアウト)→ ロードボックス or ダミーロード(Thru端子)→ キャビネット・シミュレーター → ミキサー、オーディオインターフェース等
※キャビネット・シミュレーターとダミーロードは逆でも可
ギター → アンプ(スピーカーアウト)→ キャビネット・シミュレーター → ミキサー & スピーカーキャビネット
接続例2のように、PA用にシミュレートされた信号を出し、自分へのモニターにはスピーカーからの生音という使い分けは、実際のライブでもよく行われます。
接続例1はダミーロードを使った場合ですが、本物の真空管アンプを使ってのサイレントレコーディングや、ヘッドフォンでの深夜の練習に使うことができます。ダミーロードやロードボックスは、あらかじめ内蔵されたキャビネット・シミュレーターも存在し、使い勝手が良いだけでなく、万一の故障のリスクを減らすためにも有効です。
プリアンプから直接繋ぐことが可能なモデルは最近特に増えています。この手の製品では、入力の際にパワーアンプを介さないので、内部にパワーアンプのシミュレーターをセットで内蔵していることがほとんどです。パワーアンプを使わないので、アンプにとらわれず柔軟にシステムを組むことができ、利用範囲はかなり広く考えられます。
プリアンプのみならず通常のエフェクターからの直接接続が可能な機種もありますが、音色の作り込みや音質から言ってもプリアンプを介した方が良い結果は得やすいでしょう。
ギター → プリアンプ → キャビネット・シミュレーター → ミキサー、オーディオインターフェース等
ギター → エフェクター → キャビネット・シミュレーター → ミキサー、オーディオインターフェース等
ここからはコンパクトなキャビネットシミュレーターを紹介していきます。
主にアンプからの利用に向けて作られているモデル。アンプ本体のスピーカーアウトからの信号を受けるのが基本ですが、直接プリアンプから接続が可能なモデルもあります。ここで紹介するものはいずれもダミーロードを搭載していないため、アンプヘッドのスピーカーアウトからの接続の際には「Thru」「To Speaker」などの端子から、スピーカーやダミーロード、ロードボックスなどに繋いでおきましょう。
真っ赤な筐体が目を引くベリンガー製のDI。DIでありながらギター用の高品質なキャビネットシミュレーターが搭載されており、専門機としても十二分に使えるクオリティを備えています。細かい設定などはできないものの、セレッションスピーカーに近い音色の傾向をもっており、マーシャルを彷彿させるような、荒々しいサウンドを得ることができます。他にはない低価格も魅力であり、とりあえずの一台としても手を伸ばしやすい製品です。
GCSシリーズは4種類発売されており、シンプルな「GCS-2」から、ステレオ出力仕様の「GCS-6」までがラインナップされています。
GCS-2は、非常にコンパクトなADAのキャビネット・シミュレーター。キャビネットのモデル、スピーカーの口径、背面のオープンクローズなどを2種類ずつ、マイクの位置をセンターからエッジ側に掛けてつまみでシミュレートでき、この大きさからは考えられないリアルな音色を創出してくれます。小さいながらも入出力端子が充実しており、パワーアンプ・シミュレーターも搭載されプリアンプからの利用にも対応、一つあると様々なシチュエーションで使えます。
GCS-6はステレオでそれぞれ別のインプット、アウトプットが設けられたGCSシリーズの最高峰。シミュレーターも非常に分かりやすくシンプルにスイッチだけの構造となっていますが、そのサウンドはまさに本物。AUX INやXLRアウトなどを含む豊富な入出力端子で、ライブ、練習、レコーディングなど、あらゆるシチュエーションを完璧にカバーできる柔軟性があります。GCS-2と同じく、プリアンプからの利用にも対応。
カスタムメイドギターの世界でカリスマとなったSuhrからもキャビネット・シミュレーターが登場しています。フルアナログでキャビネットの持つ温かさをリアルに再現したMFS(マルチステージフィルタリング)というフィルターが使われ、非常に真に迫ったキャビネットのサウンドをたたき出します。さすがのSuhr製品だけあって、土台となる音質が極めて優れており、嫌味の無い整ったサウンドが特徴です。
スピーカーアウトからの信号受け口を持たず、プリアンプからの使用を前提とした製品。内部にはパワーアンプ・シミュレーターが入っており、ペダルボード内部でそのまま接続できるよう、ギターエフェクターのような形、サイズに抑えられているところも特徴的です。プリアンプのみならずエフェクターからの直接接続も物理的には可能ですが、音色の作り込みの柔軟性や音質から言っても、プリアンプを介した方が無難でしょう。
通常のエフェクターサイズにまで小さく設計された本機は、ギター、ベース各14種類のインパルス・レスポンス(後述)が内蔵されており、その中から2種類のキャビネットシミュレーションを同時使用できるという面白い機能を持っています。Cabinet A、Bの二つのチャンネルを同時使用してモノラル入力、ステレオ出力もでき、Bチャンネルのみドライで出力して通常のアンプに繋ぐことも可能。
AMT社のプリアンプに搭載されてきたキャビネット・シミュレーター部分だけを取り出して使えるようにしたペダル。キャビネットのサイズやマイクの位置などをつまみでフレキシブルにコントロールして音を作ることができます。こちらもペダルボードやプリアンプからの使用を前提とした設計になっており、パワーアンプ、キャビネット、マイキングのプロセスを完全シミュレートしています。ミニジャックのAUX INやヘッドホン端子などが付いているところを見ても、PAへの直接接続の他、練習用としても使えるようにとの配慮が感じられます。
AMT ELECTRONICS CHAMELEON CAB CN-1
一見すると通常のEQエフェクターのようにしか見えないキャビネット・シミュレーター。Low、Mid、Highと書かれたコントロールはそれぞれキャビネットのサイズ、スピーカーのダイナミクス、カットオフ周波数を設定するためのもので、非常にシンプルにセッティングを行えます。設計思想が通常の製品とは異なっており、パワードスピーカーと繋ぐことで、安定した広い指向性や簡便なステレオ出力など、従来のアンプを使ってのシステムの欠点を覆そうという姿勢が見られます。様々な要素をPCを使うことでより緻密な音作りを行うこともでき、見た目以上の音作りの幅広さを実現しています。
Neunaber Audio Effects Iconoclast
大きめのエフェクターと言った趣のサイズやコントロールつまみの配置の中に多数の入出力端子を持つ、柔軟性の高いキャビネット・シミュレーター。キャビネットの質感やオープンクローズバックのサウンド感が緻密に再現され、特にスピーカーの鳴りについては、サイズや高域特性などまで綿密にコントロールできるようになっています。マイク~ラインレベルまでの幅広いインプットに対応することで、プリアンプ及び通常のエフェクターからの入力に両対応。出力音量幅も広く、Aux入力、ヘッドフォン出力も備え、練習から本番まで幅広く使えます。
IRとはインパルス・レスポンス(Impulse Response)の略で、手を叩いた音など、一発だけのパルス信号を発生させたときの空間の反応のことです。その反応をデータ化して利用することで、実際の響きの広がり、壁の材質など、その場所の響きそのものをかなり近くまで再現でき、主にリバーブのために使われます。
ギターの場合、実際のキャビネットとマイクを通った響きをデータ化したものとしてIRが活用されており、キャビネット・シミュレーターやマイキング・シミュレーターに広く応用されています。IRデータはwav形式の短い波形であり、誰でも比較的簡単に作れるほか、サードパーティー製の優れた製品が数多く販売されています。
ここでは実際にIRデータを読み込んで使えるペダルを数種紹介しましょう。どのような入力に対応しているかカッコ内に特記しています。
極小のエフェクターから高品位なものまで、幅広くラインナップするHOTONE。こちらはパワーアンプからマイキングに至るまでシミュレートしているキャビネット・シミュレーターです。シミュレーターにはIRが利用されており、内蔵で100種が選べるほか、外部からの読み込みにも対応します。プリアンプからの接続に適しているつくりで、サイズ的にも通常のエフェクターと変わらず、ペダルボードに違和感なく収まるようになっています。
高品位なエフェクターを数多くラインナップする中国のMooerが送り出すIR対応のキャビネット・シミュレーター。30種類のキャビネット、11種類のマイク、4種類のパワーアンプのモデリングを内蔵し、幅広い設定を行うことができます。IRはUSBでPCと接続することで外部から読み込むこともでき、つまみ一つとは思えない幅広い音作りが可能です。練習用にヘッドフォン出力が付いており、非常に小さいのでペダルボードの最終段にも問題なく収めることができます。
モノラル/ステレオを選択可能なペダル型キャビネット・シミュレーター。14種類のユーザープリセット・スロットを収録、それぞれのスロットに2種類のキャビネット・シミュレーターを割り当てることができる他、A/B左右のチャンネルに別々のシミュレーターを切り替えて使用することができます。専用のエディタを使用することで、パラメーターの調節やプリセットの管理、IRファイルのインポート等を簡単に行うことができます。
フランスのTwo Notesはキャビネット・シミュレーターのTorpedoでその名を世界に知られています。いくつかのラインナップがあるこのシリーズの中でも、最も小型なのがTorpedo C.A.B. Mで、こちらはエフェクター並のサイズにTorpedoの魅力を詰め込んであります。パワーアンプ4種、キャビネット32種(うちベース用10種)、マイク8種のモデリングを搭載し、IRをロードすることもできます。プリアンプの後段に繋ぐ、アンプヘッドの後段に繋ぐ、PA卓やオーディオインターフェイスに繋ぐなど、ライブやレコーディングで真空管アンプにこだわりたいギタリストに最適です。
8種のキャビネット、3種のマイク、3種のパワーアンプのモデリングを含む、多機能なキャビネット・シミュレーター。つまみを使って直感的に操作ができ、パワーアンプ部分にもドライブなどを掛けることができる、優れたシミュレート機能が魅力です。IRについては2048サンプル/46msという優れた解像度のものを採用し、外部からのローディングはもちろんのこと、実際にマイキングされた音を入力することでIRデータを生成できる機能まで持っています。背面のスイッチにより、スピーカーアウトからの信号にも対応、小型でありながら優れた汎用性を実現しています。
通常のエフェクター並のサイズに16種のキャビネットモデルを内蔵し、連続可変でマイキングの位置もシミュレートできるペダル。IRが使われた製品の中では外部からのローディング機能もなく、ツマミが2個にスイッチが一つと、非常にシンプルで分かりやすいコントロールで占められています。シンプルではあるものの、非常に使える音がどこを選択しても得られるので、不足を感じることはないでしょう。入力もラインレベル、スピーカーレベルともに対応し、出力先も通常のラインアウトに加えてXLR出力を備え、小さな筐体に必要最小限のものがしっかりと収められている印象を受けます。
中国のJOYOが送り出すキャビネット・シミュレーターは、20種類のキャビネット、11種類のマイク、4つのパワーアンプモデルを内蔵し、幅広く音作りのできる優れた製品です。スペックだけを見ると前述のMooer Raderに似ていますが、外観や機能は全くの別物。こちらはThru出力、XLR出力があり、アンプヘッドからの利用も想定されています。筐体が大きい分拡張性が高く、外部IRの読み込みスロットも10まで用意され、MIDIでのサウンド切り替えにも対応。つまみやスイッチの数もそれなりに多いですが、PCの専用エディタでさらに深く音を作り込むこともでき、徹底して音を追い込める柔軟性が魅力です。
同系統の製品「REACTIVE LOAD」にIRによるキャビネット・シミュレーターを追加したもの。いわばキャビネット・シミュレーターが搭載されたロードボックスという位置づけの製品で、真空管アンプのサウンドをスピーカーから出すことなく、ライブや練習など様々な用途に使えます。16種類のIRを保存でき、シミュレーターを通した信号と通さない信号を分けて出力することも可能。AUX端子やヘッドフォン出力により、レコーディングや練習にも使いやすいモデルとなっています。さすがにSuhrだけあって、必要最小限にして非の打ち所のないクオリティの音質を持つ、玄人向けの製品です。
許容入力100Wのロードボックスを搭載したキャビネット・シミュレーター。基本的なスペックは上記のTorpedo C.A.B.に類似していますが、アンプヘッドからの直接の接続に対応しているのがこちらのLive。ラックサイズでもはや小型とは言えないサイズとなってきますが、ロードボックスを装備しているので、ダミーロードやスピーカーへの接続なしに、本機で自由に音量を制御できるのは大きな魅力。100Wのヘッドを1Wの練習用アンプのような音量で違和感なく鳴らすことができます。もちろん、レコーディングやライブなどに本領を発揮するシミュレーター部にも抜かりはなく、あらゆる製品中でも最高峰のクオリティを誇ります。
アンプシミュレーターが内蔵されたマルチエフェクターであれば、キャビネットとマイクの音響特性にIRデータを活用しているものも。CPUパワーが要求されるためか、ハイエンドのマシンが多い印象ですが、2010年代が後半に入る頃から低価格帯のものも増えてきました。プリアンプを外部に設置して、マルチエフェクターの高品質なシミュレーター部だけを利用するのも面白いアプローチです。
マルチエフェクターにアンプシミュレーターが搭載されているものは、ほぼ全てキャビネット・シミュレーターがセットになっています。ここではIRが使われておらず、上記から漏れたものを中心に挙げています。
ソフトウェアのアンプシミュレーターはキャビネット・シミュレーター部分が細かく調整できるのがメリット。キャビネットの形やマイクの位置などがグラフィカルに表示され、幅が広く自由度の高い調整が可能です。PCで音作りするため、IRデータは内蔵のもの外部のもの問わず、全て使えるのが普通です。プリアンプを外部に設置して、キャビネット部のみPC内でシミュレートという使い方も。
エレキギターに限った話ではなく、音の終点に近いほど出音に与える影響が大きいという話はよく耳にするもの。ギターアンプはキャビネットで音が50%以上変わると言われ、マイキングもその中に入れていいでしょう。そんな最重要な部分を見過ごしているプレイヤーは案外に多く、そこを肩代わりしてくれるシミュレーターの存在は心強い限りです。ハードウェアのみならずソフトウェアも含め、実際のアンプやエフェクターからの出音の管理として、一度見直してみてもいいのではないでしょうか。
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