世界初のコンパクトアナログディレイとして登場したElectro-Harmonix「Memory Man」。1970年代の登場以来、数多くのギタリストに愛され、いまだアナログディレイの代名詞として語られる伝説的ディレイです。その魅力に迫ってみましょう。
60年代、唯一のディレイエフェクトとして主流であったテープエコーは、テープに録音したものを遅らせて再生するという原始的な機構がゆえに、巨大かつデリケートで扱いにくいものでした。1969年、コンデンサーに音をため込み遅延させて送り出すという方式の「BBD素子(Bucket Bridge Device:バケツリレーと訳される)」が登場。これはそれまでのディレイの機構を打ち破り得る発明であり、70年代以降のアナログディレイの隆盛へとつながっていきます。
Electro Harmonix Memory Man 1976
1976年、Electro-Harmonix社は世界初のコンパクトサイズ・アナログディレイとして知られる「Memory Man」をリリース。初期のものはブーストが掛けられる仕様となっており、同機種の特徴でもあるChorusモードがすでに搭載されていました。同時期のラインナップとして、現在も引き継がれている上位機種「Deluxe Memory Man」、そしてステレオ仕様の「Stereo Memory Man」などがありました。その後、Memory Manは現在のラインナップに至るまでに多くのモデルチェンジをしていますが、時代ごとに手に入りやすいBBD素子を使用しているからと言われています。実際に弾いてみないとサウンドの傾向も掴めないというほどに様々なものがありますが、レティコン社のBBD素子が使われた最初期のモデルは中でも特別視されており、高値で取引されます。
electro-harmonix stereo memory man
BBD素子は一時期生産されない時期がありアナログディレイは絶滅の危機に瀕しましたが、現在では少量ながら生産が行われており、Electro-harmonix社からも正統な後継製品としての「Deluxe Memory Man」、時代に合わせて省スペース化を進めた「Nanoシリーズ」や、別モデル、下位モデルとしての「Memory Boy」、「Memory Toy」などの製品がラインナップされ、今では貴重となった伝統を守り続けています。
音色が暖かくまろやか、繰り返す度に減衰するなどといったアナログディレイの特徴が全てそのままMemory Manに当てはまります。むしろ実際的には逆というべきで、コンパクトアナログディレイ初号機であるMemory Manのサウンドを言い表すためにこのような特徴が挙げられてきたというのが正しいでしょう。アナログディレイはデジタルに比べてしばしば音楽的、人間的などと評されますが、このような特徴ゆえにデジタル全盛の時代にあってもなお根強い支持を得続けています。
ディレイ音にモジュレーションを掛けるのはMemory Manを代表する機能のひとつで、さらにこのモジュレーションが軽やかで爽やかなものからサウンドを破綻させるほどの強烈なものまで、非常に幅広い設定に対応するのも独自の特徴です。これにより作れるサウンドの幅広さを獲得しており、様々な使い方を試すギタリストが数多く存在します。
Memory Manはつなぐだけである程度音量が上がるという特徴を持ち、これは内蔵のバッファーによるものです。現在のモデルではこれをコントロールする機能を持つものも存在し、「Deluxe Memory Man」ではLevelつまみの調整によって意図的に出力を制御できるようになっています。
アナログディレイの特徴のひとつである発振は、フィードバックを増やすと信号が回り続けてハウリングに近い状態を引き起こすというものですが、Memory Manの発振は低域に寄った独特の音質を持ち、こちらも音楽的に利用されることがあります。
Electro-Harmonix Deluxe Memory Man Echo Chorus Vibrato
使用ギタリストは多く存在しますが、独自の音世界を作り上げるエリック・ジョンソン氏、そしてU2のジ・エッジ氏などが有名です。特にジ・エッジに関しては付点8分ディレイの発明者とも称されており、革新的なディレイの使い方を世に提示したという点において見逃せない存在。彼の作り上げるサウンドの中心に位置していたDeluxe Memory Manは、U2のサウンドを語る上でも大きな要素になっていたと言うことができるでしょう。
今となっては稀少なBBD素子を使った現行のDeluxe Memory Man。初代から比べると五代目となる基板のバージョンアップを経つつも、ディレイ音の美しさや、変態的にまで掛けられるモジュレーション、中低域に寄った独特な発振のサウンドなど、いずれも初代を彷彿させる品質を保っています。バージョンアップに従って通常の9Vアダプターが使用できるようになり、若干のサイズダウンが行われ、より使いやすさにも拍車が掛かりました。タップテンポやエクスプレッションペダルでのパラメータコントロールなどの機能を盛り込んだ”Tap Tempo 550”バージョンも現行にラインナップされています。
Electro Harmonix Deluxe Memory Man
Deluxe Memory Manを小型の筐体に収めたモデル。同じ名を冠しているだけあって、緩やかな減衰を伴った暖かみのあるアナログサウンドを受け継いでおり、コントロールには新たにモジュレーションのスピードを調整するためのRateを増設。背面カバーを外すとトゥルー・バイパスとバッファード・バイパスを選択するスイッチにアクセスできます。Deluxe Memory Manによく聞かれる”大きすぎる”という欠点を見事に払拭した好モデルと言えます。
Electro Harmonix Nano Deluxe Memory Man
Memory BoyはMemory Manの兄弟機として登場した多機能アナログディレイ。開発に2年もの歳月が掛けられており、エクスプレッションペダルによるディレイタイムやレイトのリアルタイムコントロール、モジュレーションの波形選択など、Deluxe Memory Manにはなかった独特の機能を有しており、サウンドの幅広さの獲得に一役買っています。アナログらしい減衰を伴った音色ですが、中低域が厚めの若干こもり気味なサウンドは兄弟機のMemory Manシリーズとはまた一線を画しており、違った魅力があります。
より多機能に舵を切ったMemory Boy。Deluxeを冠するこのモデルは使い方に困るほどの機能を持っており、単なるディレイに留まらない飛び道具系エフェクトに一歩足を踏み入れているような存在です。BBD素子を利用したウォームなアナログディレイという軸は変えずも、ディヴィジョン(符割り)を設定して掛けられるタップテンポ機能やモジュレーションの速度調整など、近年の多機能ディレイによく見られる機能を搭載。さらにモジュレーションの波形を連続的に切り替えるDepthコントロール、ディレイ音のみにエフェクトを掛けるエフェクトループ端子の搭載、エクスプレッションペダルによる連続的なコントロール変化、タップテンポのディヴィジョンを連続的に自動変化させるTap Divide Sequence Modeなど、単なるディレイペダルとは思えない機能を多々内蔵しています。
Electro Harmonix Deluxe Memory Boy
Memory~と名が付いたシリーズでもっともシンプルなのがこのMemory Toy。コントロールはDelay、Blend、Feedbackの3つだけで、あとはモジュレーションのオンオフを切り替えるスイッチがあるのみ。まろやかなディレイ音、独特の存在感を持つモジュレーション、Feedbackを上げていく時の発振の具合など、いずれも兄弟機譲りのサウンドを持っていますが、減衰の具合はやや緩やか。モジュレーションの細かな調整が効かない分、音作りの幅広さは劣りますが、シンプルなだけに使いやすいとも言えます。サイズが小さく値段ももっとも安いため、手軽なアナログディレイを使いたいという向きにはうってつけの存在でしょう。
Grand Canyon
Electro-Harmonix社の手がける多機能高品質ディレイ。60秒を超えるルーパーを含めた10種類以上のモードを持ち、その中にはDMM(Deluxe Memory Man)というそのままの名前を冠したモードが含まれており、デジタルのディレイでありながら、いわば公式のモデリングが搭載されているといった状態になっています。サウンドはさすがに公式だけあってMemory Manの魅力をよく再現しており、それをいちモードとして使えるのは嬉しいところ。モジュレーションディレイやマルチタップ、オクターブやシマーなど、数あるディレイモードには比較的新しいサウンドのものも含まれており、一台で何でもできるディレイペダルとなっています。小型のCanyonに比べ、大型のGrand Canyonはモード数がより多い13種類を搭載し、13のプリセット機能、プログラム可能なエクスプレッションペダルセッティングなど、より多機能ぶりで上回っています。
Electro Harmonix Canyon
Electro Harmonix Grand Canyon
日本ではワイヤレスシステムなどで知られる中国発のXvive。同社のラインナップには、実際にDeluxe Memory Man開発に携わったHoward Mick Davis氏が設計するディレイペダルが2台あります。
オリジナルと同じくBBD素子を利用したアナログディレイ。BBDチップにはMN3005を使用し、暖かみのあるサウンドを得ることができます。オリジナルのDeluxe Memory Manと同じくモジュレーションを掛けることができますが、透き通ったコーラス成分から強烈なうねりまで、かなり幅広い効果を得られるところもオリジナルと同様の特徴。Driveつまみでディレイに歪み成分を付加することができるのはオリジナルには無い機能です。多機能型ではないものの、ディレイの枠にとどまらない幅広いサウンドが構築できるペダルです。
よりミニサイズのEchomanは、Deluxe Memory Manに使われたMN3005チップを独自に開発し直したXvive MN3005 BBDを使用しコストカットに成功。Deluxe Memory Man同様にコーラスとヴィブラートの切替スイッチを装備、そしてオリジナル機と同じ働きをする4つのつまみによってサウンドを作り出します。特にモジュレーションのレベルを操作するModulationやディレイの量を制御するBlendを回してのサウンド構築はオリジナル機さながらです。
Universal Audioの放つギター用コンパクトディレイ。スタジオ機器並のクオリティを足下に置けるエフェクターは数あれど、最高峰のプラグインエフェクトで高名な同社がギター用を初めて開発したことで大きく話題となりました。内部にはテープエコー、アナログ、デジタル・ディレイの3種を切り替えて使えるようになっていますが、ここにおけるアナログディレイがMemory Manを大きく意識したサウンドとなっています。ディレイそのものだけでなく、実機の信号の経路を辿った際のサウンド変質までもモデリングするという驚異的な細かさで高品質なアナログディレイサウンドを見事に作り出しています。新しい機種だけに使い勝手にも優れ、新世代の総合ディレイマシンを代表する存在となるでしょう。
《スタジオ品質、濃密で重厚なサウンド》Universal Audio UAFX Pedalシリーズ – エレキギター博士
Line 6 HX Stomp XL
フロア型ギタープロセッサーの代表格Line 6 HelixにはDeluxe Memory Manをモデリングしたものが含まれており、本物と遜色ないほどリアルな音色を得ることができます。その内訳は、かつてLine 6が放ったモデリングディレイの銘機DL-4に収められていたDeluxe Memory Manのモデリング「Analog w/Mod」、そしてHelix登場とともに改めて構築された「Elephant Man」という2種類。Elephant Manに至っては実機の作動に伴うノイズ成分まで調整できるこだわりよう。ややデジタル色の強いクリアなAnalog w/Modに比べ、Elephant Manは見事にDeluxe Memory Manを再現しているように感じますが、いずれにせよ使える音であることは間違いありません。
《小さくて便利、そして最高の音質》Line 6「HX Stomp XL」
《ワイヤレスの解放感を、最高レベルのサウンドで》Line 6 「POD Go Wireless」アンプ/エフェクト・プロセッサー – エレキギター博士
ハイエンドエフェクトを多数リリースするEmpress Effectよりリリースされているディレイマシン。12のベーシックなディレイタイプの中、さらにそれぞれ3つずつのバリエーションが用意され、計36種類の膨大な種類のディレイを内蔵。その中、AnalogモードがDeluxe Memory Manをモチーフにしたものとなっており、BBD素子による暖かく太い高品質なアナログディレイの音色を得られます。シリアル、パラレル、ステレオで2種のディレイを同時に掛けることができ、35種類のプリセットに対応、ディレイにしては珍しくキャビネットシミュレーターを内蔵するなど、ハイエンド機器らしくすさまじい多機能を誇ります。
今でも現行品が存在しますが、それ以上にデジタル、アナログ問わずモデリングが膨大な数リリースされており、今ではMemory Man系といったディレイのいち勢力を築き上げているという状態です。同じディレイのカテゴリに入るエフェクターでこれ以上のリスペクトを受けるモデルは皆無で、それほど魅力あるサウンドという何よりの証拠でしょう。また、それを得るための選択肢が多いというのはプレイヤーとしては嬉しいところですね。
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